原文《末摘花》索引&検索(06001-06176)

2021-05-13

目次

06末摘花01章01段(001-003)

06001 思へどもなほ飽かざりし夕顔の露に後れし心地を 年月経れど 思し忘れず ここもかしこも うちとけぬ限りの 気色ばみ心深きかたの御いどましさに け近くうちとけたりしあはれに 似るものなう恋しく思ほえたまふ
06002 いかで ことことしきおぼえはなく いとらうたげならむ人の つつましきことなからむ 見つけてしがなと こりずまに思しわたれば すこしゆゑづきて聞こゆるわたりは 御耳とどめたまはぬ隈なきに さてもやと 思し寄るばかりのけはひあるあたりにこそ 一行をもほのめかしたまふめるに なびききこえずもて離れたるは をさをさあるまじきぞ いと目馴れたるや
06003 つれなう心強きは たとしへなう情けおくるるまめやかさなど あまりもののほど知らぬやうに さてしも過ぐしはてず 名残なくくづほれて なほなほしき方に定まりなどするもあれば のたまひさしつるも多かりける


06末摘花01章02段(004)

06004 かの空蝉を ものの折々には ねたう思し出づ 荻の葉も さりぬべき風のたよりある時は おどろかしたまふ折もあるべし 火影の乱れたりしさまは またさやうにても見まほしく思す おほかた 名残なきもの忘れをぞ えしたまはざりける


06末摘花02章01段(005-011)

06005 左衛門の乳母とて 大弐のさしつぎに思いたるが女 大輔の命婦とて 内裏にさぶらふ わかむどほりの兵部大輔なる女なりけり いといたう色好める若人にてありけるを 君も召し使ひなどしたまふ
06006 母は筑前守の妻にて 下りにければ 父君のもとを里にて行き通ふ
06007 故常陸親王の 末にまうけていみじうかなしうかしづきたまひし御女 心細くて残りゐたるを もののついでに語りきこえければ あはれのことやとて 御心とどめて問ひ聞きたまふ
06008 心ばへ容貌など 深き方はえ知りはべらず かいひそめ 人疎うもてなしたまへば さべき宵など 物越しにてぞ 語らひはべる 琴をぞなつかしき語らひ人と思へる と聞こゆれば
06009 三つの友にて 今一種やうたてあらむ とて 我に聞かせよ 父親王の さやうの方にいとよしづきてものしたまうければ おしなべての手にはあらじ となむ思ふ とのたまへば
06010 さやうに聞こし召すばかりにはあらずやはべらむ と言へど 御心とまるばかり聞こえなすを いたうけしきばましや このころのおぼろ月夜に忍びてものせむ まかでよ とのたまへば わづらはしと思へど 内裏わたりものどやかなる春のつれづれにまかでぬ
06011 父の大輔の君は他にぞ住みける ここには時々ぞ通ひける 命婦は 継母のあたりは住みもつかず 姫君の御あたりをむつびて ここには来るなりけり


06末摘花02章02段(012-014)

06012 のたまひしもしるく 十六夜の月をかしきほどにおはしたり
06013 いと かたはらいたきわざかな ものの音澄むべき夜のさまにもはべらざめるに と聞こゆれど なほ あなたにわたりて ただ一声も もよほしきこえよ むなしくて帰らむが ねたかるべきを とのたまへば うちとけたる住み処に据ゑたてまつりて うしろめたうかたじけなしと思へど 寝殿に参りたれば まだ格子もさながら 梅の香をかしきを見出だしてものしたまふ
06014 よき折かな と思ひて 御琴の音 いかにまさりはべらむと 思ひたまへらるる夜のけしきに 誘はれはべりてなむ 心あわたたしき出で入りに えうけたまはらぬこそ口惜しけれ と言へば 聞き知る人こそあなれ 百敷に行き交ふ人の聞くばかりやは とて 召し寄するも あいなう いかが聞きたまはむと 胸つぶる


06末摘花02章03段(015-017)

06015 ほのかに掻き鳴らしたまふ をかしう聞こゆ 何ばかり深き手ならねど ものの音がらの筋ことなるものなれば 聞きにくくも思されず いといたう荒れわたりて寂しき所に さばかりの人の 古めかしう ところせく かしづき据ゑたりけむ名残なく いかに思ほし残すことなからむ かやうの所にこそは 昔物語にもあはれなることどもありけれ など思ひ続けても ものや言ひ寄らまし と思せど うちつけにや思さむと 心恥づかしくて やすらひたまふ
06016 命婦 かどある者にて いたう耳ならさせたてまつらじ と思ひければ 曇りがちにはべるめり 客人の来むとはべりつる いとひ顔にもこそ いま心のどかにを 御格子参りなむ とて いたうもそそのかさで帰りたれば なかなかなるほどにても止みぬるかな もの聞き分くほどにもあらで ねたう とのたまふ けしき をかしと思したり
06017 同じくは け近きほどの立ち聞きせさせよ とのたまへど 心にくくて と思へば いでや いとかすかなるありさまに思ひ消えて 心苦しげにものしたまふめるを うしろめたきさまにや と言へば げに さもあること にはかに我も人もうちとけて語らふべき人の際は 際とこそあれ など あはれに思さるる人の御ほどなれば
なほ さやうのけしきをほのめかせ と 語らひたまふ


06末摘花02章03段(018-024)

06018 また契りたまへる方やあらむ いと忍びて帰りたまふ
06019 主上の まめにおはしますと もてなやみきこえさせたまふこそ をかしう思うたまへらるる折々はべれ かやうの御やつれ姿を いかでかは御覧じつけむ と聞こゆれば
06020 たち返り うち笑ひて 異人の言はむやうに 咎なあらはされそ これをあだあだしきふるまひと言はば 女のありさま苦しからむ とのたまへば あまり色めいたりと思して 折々かうのたまふを 恥づかし と思ひて ものも言はず
06021 寝殿の方に 人のけはひ聞くやうもやと思して やをら立ち退きたまふ 透垣のただすこし折れ残りたる隠れの方に 立ち寄りたまふに もとより立てる男ありけり
06022 誰れならむ 心かけたる好き者ありけり と思して 蔭につきて立ち隠れたまへば 頭中将なりけり
06023 この夕つ方 内裏よりもろともにまかでたまひける やがて大殿にも寄らず 二条院にもあらで 引き別れたまひけるを いづちならむと ただならで 我も行く方あれど 後につきてうかがひけり
06024 あやしき馬に 狩衣姿のないがしろにて来ければ え知りたまはぬに さすがに かう異方に入りたまひぬれば 心も得ず思ひけるほどに ものの音に聞きついて立てるに 帰りや出でたまふと 下待つなりけり


06末摘花02章04段(025-028)

06025 君は 誰ともえ見分きたまはで 我と知られじと 抜き足に歩みたまふに ふと寄りて ふり捨てさせたまへるつらさに 御送り仕うまつりつるは
 もろともに大内山は出でつれど入る方見せぬいさよひの月
と恨むるもねたけれど この君と見たまふ すこしをかしうなりぬ
06026 人の思ひよらぬことよ と憎む憎む
 里わかぬかげをば見れどゆく月のいるさの山を誰れか尋ぬる
かう慕ひありかば いかにせさせたまはむ と聞こえたまふ
06027 まことは かやうの御歩きには 随身からこそはかばかしきこともあるべけれ 後らさせたまはでこそあらめ やつれたる御歩きは 軽々しき事も出で来なむ と おし返しいさめたてまつる
06028 かうのみ見つけらるるを ねたしと思せど かの撫子はえ尋ね知らぬを 重き功に 御心のうちに思し出づ


06末摘花03章01段(029-034)

06029 おのおの契れる方にも あまえて え行き別れたまはず 一つ車に乗りて 月のをかしきほどに雲隠れたる道のほど 笛吹き合せて大殿におはしぬ
06030 前駆なども追はせたまはず 忍び入りて 人見ぬ廊に御直衣ども召して 着替へたまふ
06031 つれなう 今来るやうにて 御笛ども吹きすさびておはすれば 大臣 例の聞き過ぐしたまはで 高麗笛取り出でたまへり いと上手におはすれば いとおもしろう吹きたまふ 御琴召して 内にも この方に心得たる人びとに弾かせたまふ
06032 中務の君 わざと琵琶は弾けど 頭の君心かけたるをもて離れて ただこのたまさかなる御けしきのなつかしきをば え背ききこえぬに おのづから隠れなくて 大宮などもよろしからず思しなりたれば もの思はしく はしたなき心地して すさまじげに寄り臥したり 絶えて見たてまつらぬ所に かけ離れなむも さすがに心細く思ひ乱れたり
06033 君たちは ありつる琴の音を思し出でて あはれげなりつる住まひのさまなども やう変へてをかしう思ひつづけ あらましごとに いとをかしうらうたき人の さて年月を重ねゐたらむ時 見そめて いみじう心苦しくは 人にももて騒がるばかりや わが心もさま悪しからむ などさへ 中将は思ひけり
06034 この君のかう気色ばみありきたまふを まさに さては 過ぐしたまひてむや と なまねたう危ふがりけり


06末摘花03章02段(035-037)

06035 その後 こなたかなたより 文などやりたまふべし
06036 いづれも返り事見えず おぼつかなく心やましきに あまりうたてもあるかな さやうなる住まひする人は もの思ひ知りたるけしき はかなき木草 空のけしきにつけても とりなしなどして 心ばせ推し測らるる折々あらむこそあはれなるべけれ 重しとても いとかうあまり埋もれたらむは 心づきなく 悪びたり と 中将は まいて心焦られしけり
06037 例の 隔てきこえたまはぬ心にて しかしかの返り事は見たまふや 試みにかすめたりしこそ はしたなくて止みにしか と 憂ふれば さればよ 言ひ寄りにけるをや と ほほ笑まれて いさ 見むとしも思はねばにや 見るとしもなし と 答へたまふを 人わきしける と思ふに いとねたし


06末摘花03章03段(038-041)

06038 君は 深うしも思はぬことの かう情けなきを すさまじく思ひなりたまひにしかど かうこの中将の言ひありきけるを 言多く言ひなれたらむ方にぞ靡かむかし したり顔にて もとのことを思ひ放ちたらむけしきこそ 憂はしかるべけれ と思して 命婦をまめやかに語らひたまふ
06039 おぼつかなく もて離れたる御けしきなむ いと心憂き 好き好きしき方に疑ひ寄せたまふにこそあらめ さりとも 短き心ばへつかはぬものを 人の心ののどやかなることなくて 思はずにのみあるになむ おのづからわがあやまちにもなりぬべき 心のどかにて 親はらからのもてあつかひ恨むるもなう 心やすからむ人は なかなかなむらうたかるべきを とのたまへば
06040 いでや さやうにをかしき方の御笠宿りには えしもやと つきなげにこそ見えはべれ ひとへにものづつみし ひき入りたる方はしも ありがたうものしたまふ人になむ と 見るありさま語りきこゆ
06041 らうらうじう かどめきたる心はなきなめり いと子めかしうおほどかならむこそ らうたくはあるべけれ と思し忘れず のたまふ


06末摘花03章04段(042)

06042 瘧病みにわづらひたまひ 人知れぬもの思ひの紛れも 御心のいとまなきやうにて 春夏過ぎぬ


06末摘花04章01段(043-045)

06043 秋のころほひ 静かに思しつづけて かの砧の音も耳につきて聞きにくかりしさへ 恋しう思し出でらるるままに 常陸宮にはしばしば聞こえたまへど なほおぼつかなうのみあれば 世づかず 心やましう 負けては止まじの御心さへ添ひて 命婦を責めたまふ
06044 いかなるやうぞ いとかかる事こそ まだ知らね と いとものしと思ひてのたまへば いとほしと思ひて
もて離れて 似げなき御事とも おもむけはべらず ただ おほかたの御ものづつみのわりなきに 手をえさし出でたまはぬとなむ見たまふる と聞こゆれば
06045 それこそは世づかぬ事なれ 物思ひ知るまじきほど 独り身をえ心にまかせぬほどこそ ことわりなれ 何事も思ひしづまりたまへらむ と思ふこそ そこはかとなく つれづれに心細うのみおぼゆるを 同じ心に答へたまはむは 願ひかなふ心地なむすべき 何やかやと 世づける筋ならで その荒れたる簀子にたたずままほしきなり いとうたて心得ぬ心地するを かの御許しなくとも たばかれかし 心苛られし うたてあるもてなしには よもあらじ など 語らひたまふ


06末摘花04章02段(046-048)

06046 なほ世にある人のありさまを おほかたなるやうにて聞き集め 耳とどめたまふ癖のつきたまへるを さうざうしき宵居など はかなきついでに さる人こそとばかり聞こえ出でたりしに かくわざとがましうのたまひわたれば なまわづらはしく 女君の御ありさまも 世づかはしく よしめきなどもあらぬを なかなかなる導きに いとほしき事や見えむなむ と思ひけれど 君のかうまめやかにのたまふに 聞き入れざらむも ひがひがしかるべし
06047 父親王おはしける折にだに 旧りにたるあたりとて おとなひきこゆる人もなかりけるを まして 今は浅茅分くる人も跡絶えたるに かく世にめづらしき御けはひの 漏りにほひくるをば なま女ばらなども笑み曲げて なほ聞こえたまへ と そそのかしたてまつれど あさましうものづつみしたまふ心にて ひたぶるに見も入れたまはぬなりけり
06048 命婦は さらば さりぬべからむ折に 物越しに聞こえたまはむほど 御心につかずは さても止みねかし また さるべきにて 仮にもおはし通はむを とがめたまふべき人なし など あだめきたるはやり心はうち思ひて 父君にも かかる事なども言はざりけり


06末摘花05章01段(049-050)

06049 八月二十余日 宵過ぐるまで待たるる月の心もとなきに 星の光ばかりさやけく 松の梢吹く風の音心細くて いにしへの事語り出でて うち泣きなどしたまふ
06050 いとよき折かな と思ひて 御消息や聞こえつらむ 例のいと忍びておはしたり


06末摘花05章02段(051-056)

06051 月やうやう出でて 荒れたる籬のほどうとましくうち眺めたまふに 琴そそのかされて ほのかにかき鳴らしたまふほど けしうはあらず すこし け近う今めきたる気をつけばや とぞ 乱れたる心には 心もとなく思ひゐたる
06052 人目しなき所なれば 心やすく入りたまふ 命婦を呼ばせたまふ
06053 今しもおどろき顔に いとかたはらいたきわざかな しかしかこそ おはしましたなれ 常に かう恨みきこえたまふを 心にかなはぬ由をのみ いなびきこえはべれば みづからことわりも聞こえ知らせむ と のたまひわたるなり いかが聞こえ返さむ なみなみのたはやすき御ふるまひならねば 心苦しきを 物越しにて 聞こえたまはむこと 聞こしめせ と言へば いと恥づかしと思ひて 人にもの聞こえむやうも知らぬを とて 奥ざまへゐざり入りたまふさま いとうひうひしげなり
06054 うち笑ひて いと若々しうおはしますこそ 心苦しけれ 限りなき人も 親などおはしてあつかひ後見きこえたまふほどこそ 若びたまふもことわりなれ かばかり心細き御ありさまに なほ世を尽きせず思し憚るは つきなうこそ と教へきこゆ
06055 さすがに 人の言ふことは強うもいなびぬ御心にて 答へきこえで ただ聞け とあらば 格子など鎖してはありなむ とのたまふ
06056 簀子などは便なうはべりなむ おしたちて あはあはしき御心などは よも など いとよく言ひなして 二間の際なる障子 手づからいと強く鎖して 御茵うち置きひきつくろふ


06末摘花05章03段(057-060)

06057 いとつつましげに思したれど かやうの人にもの言ふらむ心ばへなども 夢に知りたまはざりければ 命婦のかう言ふを あるやうこそはと思ひてものしたまふ 乳母だつ老い人などは 曹司に入り臥して 夕まどひしたるほどなり
06058 若き人 二 三人あるは 世にめでられたまふ御ありさまを ゆかしきものに思ひきこえて 心げさうしあへり よろしき御衣たてまつり変へ つくろひきこゆれば 正身は 何の心げさうもなくておはす
06059 男は いと尽きせぬ御さまを うち忍び用意したまへる御けはひ いみじうなまめきて 見知らむ人にこそ見せめ 栄えあるまじきわたりを あな いとほし と 命婦は思へど ただおほどかにものしたまふをぞ うしろやすう さし過ぎたることは見えたてまつりたまはじ と思ひける
06060 わが常に責められたてまつる罪さりごとに 心苦しき人の御もの思ひや出でこむ など やすからず思ひゐたり


06末摘花05章04段(061-065)

06061 君は 人の御ほどを思せば されくつがへる今様のよしばみよりは こよなう奥ゆかしう と思さるるに いたうそそのかされて ゐざり寄りたまへるけはひ 忍びやかに 衣被の香いとなつかしう薫り出でて おほどかなるを さればよ と思す
06062 年ごろ思ひわたるさまなど いとよくのたまひつづくれど まして近き御答へは絶えてなし わりなのわざや と うち嘆きたまふ
06063  いくそたび君がしじまにまけぬらむものな言ひそと言はぬ頼みに
のたまひも捨ててよかし 玉だすき苦し とのたまふ
06064 女君の御乳母子 侍従とて はやりかなる若人 いと心もとなう かたはらいたし と思ひて さし寄りて 聞こゆ
 鐘つきてとぢめむことはさすがにて答へまうきぞかつはあやなき
いと若びたる声の ことに重りかならぬを 人伝てにはあらぬやうに聞こえなせば
06065 ほどよりはあまえて と聞きたまへど めづらしきが なかなか口ふたがるわざかな
 言はぬをも言ふにまさると知りながらおしこめたるは苦しかりけり
何やかやと はかなきことなれど をかしきさまにも まめやかにものたまへど 何のかひなし


06末摘花05章05段(066-069)

06066 いとかかるも さまかはり 思ふ方ことにものしたまふ人にや と ねたくて やをら押し開けて入りたまひにけり
06067 命婦 あな うたて たゆめたまへる と いとほしければ 知らず顔にて わが方へ往にけり
06068 この若人ども はた 世にたぐひなき御ありさまの音聞きに 罪ゆるしきこえて おどろおどろしうも嘆かれず ただ 思ひもよらずにはかにて さる御心もなきをぞ 思ひける
06069 正身は ただ我にもあらず 恥づかしくつつましきよりほかのことまたなければ 今はかかるぞあはれなるかし まだ世馴れぬ人 うちかしづかれたる と 見ゆるしたまふものから 心得ず なまいとほしとおぼゆる御さまなり


06末摘花05章05段(070-071)

06070 何ごとにつけてかは御心のとまらむ うちうめかれて 夜深う出でたまひぬ
06071 命婦は いかならむ と 目覚めて 聞き臥せりけれど 知り顔ならじ とて 御送りに とも 声づくらず 君も やをら忍びて出でたまひにけり


06末摘花06章01段(072-074)

06072 二条院におはして うち臥したまひても なほ思ふにかなひがたき世にこそ と 思しつづけて 軽らかならぬ人の御ほどを 心苦しとぞ思しける
06073 思ひ乱れておはするに 頭中将おはして こよなき御朝寝かな ゆゑあらむかしとこそ 思ひたまへらるれ
と言へば 起き上がりたまひて 心やすき独り寝の床にて ゆるびにけりや 内裏よりか とのたまへば
06074 しか まかではべるままなり 朱雀院の行幸 今日なむ 楽人 舞人定めらるべきよし 昨夜うけたまはりしを 大臣にも伝へ申さむとてなむ まかではべる やがて帰り参りぬべうはべり と いそがしげなれば さらば もろともに とて 御粥 強飯召して 客人にも参りたまひて 引き続けたれど 一つにたてまつりて なほ いとねぶたげなり と とがめ出でつつ 隠いたまふこと多かり とぞ 恨みきこえたまふ


06末摘花06章02段(075)

06075 事ども多く定めらるる日にて 内裏にさぶらひ暮らしたまひつ


06末摘花06章03段(076-088)

06076 かしこには 文をだにと いとほしく思し出でて 夕つ方ぞありける
06077 雨降り出でて ところせくもあるに 笠宿りせむと はた 思されずやありけむ かしこには 待つほど過ぎて 命婦も いといとほしき御さまかな と 心憂く思ひけり
06078 正身は 御心のうちに恥づかしう思ひたまひて 今朝の御文の暮れぬれど なかなか 咎とも思ひわきたまはざりけり
06079  夕霧の晴るるけしきもまだ見ぬにいぶせさそふる宵の雨かな
雲間待ち出でむほど いかに心もとなう とあり
06080 おはしますまじき御けしきを 人びと胸つぶれて思へど なほ 聞こえさせたまへ と そそのかしあへれど いとど思ひ乱れたまへるほどにて え型のやうにも続けたまはねば
06081 夜更けぬ とて 侍従ぞ 例の教へきこゆる
 晴れぬ夜の月待つ里を思ひやれ同じ心に眺めせずとも
06082 口々に責められて 紫の紙の 年経にければ灰おくれ古めいたるに 手はさすがに文字強う 中さだの筋にて 上下等しく書いたまへり
06083 見るかひなううち置きたまふ
06084 いかに思ふらむと思ひやるも 安からず かかることを 悔しなどは言ふにやあらむ さりとていかがはせむ 我は さりとも 心長く見果ててむ と 思しなす 御心を知らねば かしこにはいみじうぞ嘆いたまひける
06085 大臣 夜に入りてまかでたまふに 引かれたてまつりて 大殿におはしましぬ 行幸のことを興ありと思ほして 君たち集りて のたまひ おのおの舞ども習ひたまふを そのころのことにて過ぎゆく
06086 ものの音ども 常よりも耳かしかましくて かたがたいどみつつ 例の御遊びならず 大篳篥 尺八の笛などの大声を吹き上げつつ 太鼓をさへ高欄のもとにまろばし寄せて 手づからうち鳴らし 遊びおはさうず
06087 御いとまなきやうにて せちに思す所ばかりにこそ 盗まはれたまへれ かのわたりには いとおぼつかなくて 秋暮れ果てぬ
06088 なほ頼み来しかひなくて過ぎゆく


06末摘花06章04段(089-095)

06089 行幸近くなりて 試楽などののしるころぞ 命婦は参れる
06090 いかにぞ など 問ひたまひて いとほしとは思したり
06091 ありさま聞こえて いとかう もて離れたる御心ばへは 見たまふる人さへ 心苦しくなど 泣きぬばかり思へり
06092 心にくくもてなして止みなむと思へりしことを くたいてける 心もなくこの人の思ふらむ をさへ思す
06093 正身の ものは言はで 思しうづもれたまふらむさま 思ひやりたまふも いとほしければ いとまなきほどぞや わりなし と うち嘆いたまひて もの思ひ知らぬやうなる心ざまを 懲らさむと思ふぞかし と ほほ笑みたまへる 若ううつくしげなれば
06094 我もうち笑まるる心地して わりなの 人に恨みられたまふ御齢や 思ひやり少なう 御心のままならむも ことわり と思ふ
06095 この御いそぎのほど過ぐしてぞ 時々おはしける


06末摘花07章01段(096-102)

06096 かの紫のゆかり 尋ねとりたまひて そのうつくしみに心入りたまひて 六条わたりにだに 離れまさりたまふめれば まして荒れたる宿は あはれに思しおこたらずながら もの憂きぞ わりなかりけると ところせき御もの恥ぢを見あらはさむの御心も ことになうて過ぎゆくを またうちかへし 見まさりするやうもありかし 手さぐりのたどたどしきに あやしう 心得ぬこともあるにや 見てしがな と思ほせど けざやかにとりなさむもまばゆし うちとけたる宵居のほど やをら入りたまひて 格子のはさまより見たまひけり
06097 されど みづからは見えたまふべくもあらず 几帳など いたく損なはれたるものから 年経にける立ちど変はらず おしやりなど乱れねば 心もとなくて
06098 御達四 五人ゐたり 御台 秘色やうの唐土のものなれど 人悪ろきに 何のくさはひもなくあはれげなる まかでて人びと食ふ
06099 隅の間ばかりにぞ いと寒げなる女ばら 白き衣のいひしらず煤けたるに きたなげなる褶引き結ひつけたる腰つき かたくなしげなり さすがに櫛おし垂れて挿したる額つき 内教坊 内侍所のほどに かかる者どもあるはやと をかし かけても 人のあたりに近うふるまふ者とも知りたまはざりけり
06100 あはれ さも寒き年かな 命長ければ かかる世にもあふものなりけりとて うち泣くもあり 故宮おはしましし世を などてからしと思ひけむ かく頼みなくても過ぐるものなりけりとて 飛び立ちぬべくふるふもあり
06101 さまざまに人悪ろきことどもを 愁へあへるを聞きたまふも かたはらいたければ たちのきて ただ今おはするやうにて うちたたきたまふ
06102 そそや など言ひて 火とり直し 格子放ちて入れたてまつる


「心もとなくて097」→「聞きたまふ101」

06末摘花07章02段(103-106)

06103 侍従は 斎院に参り通ふ若人にて この頃はなかりけり いよいよあやしうひなびたる限りにて 見ならはぬ心地ぞする
06104 いとど 愁ふなりつる雪 かきたれいみじう降りけり 空の気色はげしう 風吹き荒れて 大殿油消えにけるを ともしつくる人もなし
06105 かの ものに襲はれし折思し出でられて 荒れたるさまは劣らざめるを ほどの狭う 人気のすこしあるなどに慰めたれど すごう うたていざとき心地する夜のさまなり
06106 をかしうもあはれにも やうかへて 心とまりぬべきありさまを いと埋れすくよかにて 何の栄えなきをぞ 口惜しう思す


06末摘花08章01段(107-120)

06107 からうして明けぬるけしきなれば 格子手づから上げたまひて 前の前栽の雪を見たまふ
06108 踏みあけたる跡もなく はるばると荒れわたりて いみじう寂しげなるに ふり出でて行かむこともあはれにて をかしきほどの空も見たまへ 尽きせぬ御心の隔てこそ わりなけれ と 恨みきこえたまふ
06109 まだほの暗けれど 雪の光にいとどきよらに若う見えたまふを 老い人ども笑みさかえて見たてまつる
はや出でさせたまへ あぢきなし 心うつくしきこそ など教へきこゆれば さすがに 人の聞こゆることをえいなびたまはぬ御心にて とかう引きつくろひて ゐざり出でたまへり
06110 見ぬやうにて 外の方を眺めたまへれど 後目はただならず いかにぞ うちとけまさりの いささかもあらばうれしからむ と思すも あながちなる御心なりや
06111 まづ 居丈の高く を背長に見えたまふに さればよ と 胸つぶれぬ
06112 うちつぎて あなかたはと見ゆるものは 鼻なりけり ふと目ぞとまる 普賢菩薩の乗物とおぼゆ あさましう高うのびらかに 先の方すこし垂りて色づきたること ことのほかにうたてあり
06113 色は雪恥づかしく白うて真青に 額つきこよなうはれたるに なほ下がちなる面やうは おほかたおどろおどろしう長きなるべし
06114 痩せたまへること いとほしげにさらぼひて 肩のほどなどは いたげなるまで衣の上まで見ゆ
06115 何に残りなう見あらはしつらむ と思ふものから めづらしきさまのしたれば さすがに うち見やられたまふ
06116 頭つき 髪のかかりはしも うつくしげにめでたしと思ひきこゆる人びとにも をさをさ劣るまじう 袿の裾にたまりて引かれたるほど 一尺ばかりあまりたらむと見ゆ
06117 着たまへるものどもをさへ言ひたつるも もの言ひさがなきやうなれど 昔物語にも 人の御装束をこそまづ言ひためれ 聴し色のわりなう上白みたる一襲 なごりなう黒き袿重ねて 表着には黒貂の皮衣 いときよらに香ばしきを着たまへり
06118 古代のゆゑづきたる御装束なれど なほ若やかなる女の御よそひには 似げなうおどろおどろしきこと いともてはやされたり されど げに この皮なうて はた 寒からましと見ゆる御顔ざまなるを 心苦しと見たまふ
06119 何ごとも言はれたまはず 我さへ口閉ぢたる心地したまへど 例のしじまも心みむと とかう聞こえたまふに いたう恥ぢらひて 口おほひしたまへるさへ ひなび古めかしう ことことしく 儀式官の練り出でたる臂もちおぼえて さすがにうち笑みたまへるけしき はしたなうすずろびたり
06120 いとほしくあはれにて いとど急ぎ出でたまふ


06末摘花08章02段(121-123)

06121 頼もしき人なき御ありさまを 見そめたる人には 疎からず思ひむつびたまはむこそ 本意ある心地すべけれ ゆるしなき御けしきなれば つらう など ことつけて
 朝日さす軒の垂氷は解けながらなどかつららの結ぼほるらむ
とのたまへど ただ むむ とうち笑ひて いと口重げなるもいとほしければ 出でたまひぬ
06122 御車寄せたる中門の いといたうゆがみよろぼひて 夜目にこそ しるきながらもよろづ隠ろへたること多かりけれ いとあはれにさびしく荒れまどへるに 松の雪のみ暖かげに降り積める 山里の心地して ものあはれなるを かの人びとの言ひし葎の門は かうやうなる所なりけむかし げに 心苦しくらうたげならむ人をここに据ゑて うしろめたう恋しと思はばや あるまじきもの思ひは それに紛れなむかし と 思ふやうなる住みかに合はぬ御ありさまは 取るべきかたなし と思ひながら 我ならぬ人は まして見忍びてむや わがかうて見馴れけるは 故親王のうしろめたしとたぐへ置きたまひけむ魂のしるべなめり とぞ思さるる
06123 橘の木の埋もれたる 御随身召して払はせたまふ うらやみ顔に 松の木のおのれ起きかへりて さとこぼるる雪も 名に立つ末の と見ゆるなどを いと深からずとも なだらかなるほどにあひしらはむ人もがな と見たまふ


06末摘花08章03段(124-126)

06124 御車出づべき門は まだ開けざりければ 鍵の預かり尋ね出でたれば 翁のいといみじきぞ出で来たる 娘にや 孫にや はしたなる大きさの女の 衣は雪にあひて煤けまどひ 寒しと思へるけしき 深うて あやしきものに火をただほのかに入れて袖ぐくみに持たり 翁 門をえ開けやらねば 寄りてひき助くる いとかたくななり 御供の人 寄りてぞ開けつる
06125  降りにける頭の雪を見る人も劣らず濡らす朝の袖かな
幼き者は形蔽れず とうち誦じたまひても 鼻の色に出でて いと寒しと見えつる御面影 ふと思ひ出でられて ほほ笑まれたまふ
06126 頭中将に これを見せたらむ時 いかなることをよそへ言はむ 常にうかがひ来れば 今見つけられなむ と 術なう思す


06末摘花08章04段(127-129)

06127 世の常なるほどの 異なることなさならば 思ひ捨てても止みぬべきを さだかに見たまひて後は なかなかあはれにいみじくて まめやかなるさまに 常に訪れたまふ
06128 黒貂の皮ならぬ 絹 綾 綿など 老い人どもの着るべきもののたぐひ かの翁のためまで 上下思しやりてたてまつりたまふ
06129 かやうのまめやかごとも恥づかしげならぬを 心やすく さる方の後見にて育まむ と思ほしとりて さまことに さならぬうちとけわざもしたまひけり


06末摘花08章05段(130)

06130 かの空蝉の うちとけたりし宵の側目には いと悪ろかりし容貌ざまなれど もてなしに隠されて 口惜しうはあらざりきかし 劣るべきほどの人なりやは げに品にもよらぬわざなりけり 心ばせのなだらかに ねたげなりしを 負けて止みにしかな と ものの折ごとには思し出づ


06末摘花09章01段(131-135)

06131 年も暮れぬ 内裏の宿直所におはしますに 大輔の命婦参れり
06132 御梳櫛などには 懸想だつ筋なく 心やすきものの さすがにのたまひたはぶれなどして 使ひならしたまへれば 召しなき時も 聞こゆべき事ある折は 参う上りけり
06133 あやしきことのはべるを 聞こえさせざらむもひがひがしう 思ひたまへわづらひてと ほほ笑みて聞こえやらぬを 何ざまのことぞ 我にはつつむことあらじとなむ思ふ とのたまへば いかがは みづからの愁へは かしこくとも まづこそは これは いと聞こえさせにくくなむ と いたう言籠めたれば 例の 艶なる と憎みたまふ
06134 かの宮よりはべる御文 とて 取り出でたり まして これは取り隠すべきことかは とて 取りたまふも 胸つぶる
06135 陸奥紙の厚肥えたるに 匂ひばかりは深うしめたまへり いとよう書きおほせたり 歌も
 唐衣君が心のつらければ袂はかくぞそぼちつつのみ
心得ずうちかたぶきたまへるに 包みに 衣筥の重りかに古代なるうち置きて おし出でたり


06末摘花09章02段(136-144)

06136 これを いかでかは かたはらいたく思ひたまへざらむ されど 朔日の御よそひとて わざとはべるめるを はしたなうはえ返しはべらず ひとり引き籠めはべらむも 人の御心違ひはべるべければ 御覧ぜさせてこそは と聞こゆれば
06137 引き籠められなむは からかりなまし 袖まきほさむ人もなき身にいとうれしき心ざしにこそは とのたまひて ことにもの言はれたまはず さても あさましの口つきや これこそは手づからの御ことの限りなめれ 侍従こそとり直すべかめれ また 筆のしりとる博士ぞなかべき と 言ふかひなく思す
06138 心を尽くして詠み出でたまひつらむほどを思すに いともかしこき方とは これをも言ふべかりけり と ほほ笑みて見たまふを 命婦 面赤みて見たてまつる
06139 今様色の えゆるすまじく艶なう古めきたる直衣の 裏表ひとしうこまやかなる いとなほなほしう つまづまぞ見えたる あさまし と思すに この文をひろげながら 端に手習ひすさびたまふを 側目に見れば
06140  なつかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖に触れけむ
色濃き花と見しかども など 書きけがしたまふ
06141 花のとがめを なほあるやうあらむと 思ひ合はする折々の 月影などを いとほしきものから をかしう思ひなりぬ
06142  紅のひと花衣うすくともひたすら朽す名をし立てずは
心苦しの世や と いといたう馴れてひとりごつを よきにはあらねど かうやうのかいなでにだにあらましかば と 返す返す口惜し
06143 人のほどの心苦しきに 名の朽ちなむはさすがなり 人びと参れば 取り隠さむや かかるわざは人のするものにやあらむ と うちうめきたまふ
06144 何に御覧ぜさせつらむ 我さへ心なきやうに と いと恥づかしくて やをら下りぬ


06末摘花09章03段(145-147)

06145 またの日 上にさぶらへば 台盤所にさしのぞきたまひて くはや 昨日の返り事 あやしく心ばみ過ぐさるる とて 投げたまへり 女房たち 何ごとならむと ゆかしがる
06146 ただ梅の花の色のごと 三笠の山のをとめをば捨てて と 歌ひすさびて出でたまひぬるを 命婦は いとをかし と思ふ 心知らぬ人びとは なぞ 御ひとりゑみは と とがめあへり
06147 あらず 寒き霜朝に 掻練好める花の色あひや見えつらむ 御つづしり歌のいとほしき と言へば あながちなる御ことかな このなかには にほへる鼻もなかめり 左近の命婦 肥後の采女や混じらひつらむ など 心も得ず言ひしろふ


06末摘花09章04段(148-149)

06148 御返りたてまつりたれば 宮には 女房つどひて 見めでけり
06149  逢はぬ夜をへだつるなかの衣手に重ねていとど見もし見よとや
白き紙に 捨て書いたまへるしもぞ なかなかをかしげなる


06末摘花09章05段(150-153)

06150 晦日の日 夕つ方 かの御衣筥に 御料 とて 人のたてまつれる御衣一領 葡萄染の織物の御衣 また山吹か何ぞ いろいろ見えて 命婦ぞたてまつりたる
06151 ありし色あひを悪ろしとや見たまひけむ と思ひ知らるれど かれはた 紅の重々しかりしをや さりとも消えじ と ねび人どもは定むる
06152 御歌も これよりのは 道理聞こえて したたかにこそあれ 御返りは ただをかしき方にこそ など 口々に言ふ
06153 姫君も おぼろけならでし出でたまひつるわざなれば ものに書きつけて置きたまへりけり


06末摘花10章01段(154-155)

06154 朔日のほど過ぎて 今年 男踏歌あるべければ 例の 所々遊びののしりたまふに もの騒がしけれど 寂しき所のあはれに思しやらるれば 七日の日の節会果てて 夜に入りて 御前よりまかでたまひけるを 御宿直所にやがてとまりたまひぬるやうにて 夜更かしておはしたり
06155 例のありさまよりは けはひうちそよめき 世づいたり 君も すこしたをやぎたまへるけしきもてつけたまへり いかにぞ 改めてひき変へたらむ時 とぞ 思しつづけらるる


06末摘花10章02段(156-160)

06156 日さし出づるほどに やすらひなして 出でたまふ
06157 東の妻戸 おし開けたれば 向ひたる廊の 上もなくあばれたれば 日の脚 ほどなくさし入りて 雪すこし降りたる光に いとけざやかに見入れらる
06158 御直衣などたてまつるを見出だして すこしさし出でて かたはら臥したまへる頭つき こぼれ出でたるほど いとめでたし 生ひなほりを見出でたらむ時 と思されて 格子引き上げたまへり
06159 いとほしかりしもの懲りに 上げも果てたまはで 脇息をおし寄せて うちかけて 御鬢ぐきのしどけなきをつくろひたまふ
06160 わりなう古めきたる鏡台の 唐櫛笥 掻上の筥など 取り出でたり さすがに 男の御具さへほのぼのあるを されてをかしと見たまふ


06末摘花10章02段(161-164)

06161 女の御装束 今日は世づきたり と見ゆるは ありし筥の心葉を さながらなりけり さも思しよらず 興ある紋つきてしるき表着ばかりぞ あやしと思しける
06162 今年だに 声すこし聞かせたまへかし 侍たるるものはさし置かれて 御けしきの改まらむなむゆかしき とのたまへば さへづる春は と からうしてわななかし出でたり
06163 さりや 年経ぬるしるしよ と うち笑ひたまひて 夢かとぞ見る と うち誦じて出でたまふを 見送りて添ひ臥したまへり
06164 口おほひの側目より なほ かの末摘花 いとにほひやかにさし出でたり 見苦しのわざやと思さる


06末摘花11章01段(165-168)

06165 二条院におはしたれば 紫の君 いともうつくしき片生ひにて 紅はかうなつかしきもありけり と見ゆるに 無紋の桜の細長 なよらかに着なして 何心もなくてものしたまふさま いみじうらうたし
06166 古代の祖母君の御なごりにて 歯黒めもまだしかりけるを ひきつくろはせたまへれば 眉のけざやかになりたるも うつくしうきよらなり
06167 心から などか かう憂き世を見あつかふらむ かく心苦しきものをも見てゐたらで と 思しつつ 例の もろともに雛遊びしたまふ
06168 絵など描きて 色どりたまふ よろづにをかしうすさび散らしたまひけり

06末摘花11章02段(169-175)

06169 我も描き添へたまふ 髪いと長き女を描きたまひて 鼻に紅をつけて見たまふに 画に描きても見ま憂きさましたり
06170 わが御影の鏡台にうつれるが いときよらなるを見たまひて 手づからこの赤鼻を描きつけ にほはして見たまふに かくよき顔だに さてまじれらむは見苦しかるべかりけり 姫君 見て いみじく笑ひたまふ
06171 まろが かくかたはになりなむ時 いかならむ とのたまへば うたてこそあらめ とて さもや染みつかむと あやふく思ひたまへり
06172 そら拭ごひをして さらにこそ 白まね 用なきすさびわざなりや 内裏にいかにのたまはむとすらむ と いとまめやかにのたまふを いといとほしと思して 寄りて 拭ごひたまへば 平中がやうに色どり添へたまふな 赤からむはあへなむ と 戯れたまふさま いとをかしき妹背と見えたまへり
06173 日のいとうららかなるに いつしかと霞みわたれる梢どもの 心もとなきなかにも 梅はけしきばみ ほほ笑みわたれる とりわきて見ゆ
06174 階隠のもとの紅梅 いととく咲く花にて 色づきにけり
06175  紅の花ぞあやなくうとまるる梅の立ち枝はなつかしけれど
いでや と あいなくうちうめかれたまふ

06末摘花11章03段(176)

06176 かかる人びとの末々 いかなりけむ

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