このたびは 01-110

2021-01-11

母の死の際には若宮がどう反応したかは語られていないが、母の死に伴い宮中を後にする、すなわち父帝と別れる際には、「何事かあらむとも思したらず、さぶらふ人びとの泣きまどひ、主上も御涙のひまなく流れおはしますを、あやしと見たてまつりたまへるを、よろしきことにだに、かかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、ましてあはれに言ふかひなし(何が起ころうとしているのかもお分かりでなく、側仕えの人々が泣きまどう姿や、帝が涙の干る間もなく泣いておられご様子を、理解もならず見守っておいでのご様子、栄転などよい理由であっても、母を亡くした父子が離れ離れになるのは悲しい重大事であるのに、まして東宮資格を失いかねない内裏からの里下がりは、哀れで他に言葉は見つかりませんでした)/01-037」とあった。ここから察するに、母の死に際しては何事もわからなかったがために、泣き慕うこともなかったであろう。若宮の世話は基本的には乳母や女房たちの役割である。現代の母と子の関係とは異なる。


御子 六つになりたまふ年なれば このたびは思し知りて恋ひ泣きたまふ

宮は今年六歳におなりのご年齢なので、このたびは祖母が亡くなる意味がお分かりになり恋い慕ってお泣きになる。

ヴァリエーション:
このたびは

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